第32話 フェイスブックに載せたコメント
- 奈良環境知足庵

- 1月20日
- 読了時間: 2分
『気候変動への備え』に示した「情報の概念」では、物理空間と認知空間での違いが生じる、その「何故?」には答えていません。
この点は、環境オタクは単なる門信徒なので、「深い宗教」への二兎目を追わないよう『備え』には書かずに、フェイスブックには次のようなコメントを載せました。
「他力本願」という仏教用語は、阿弥陀如来の大いなる慈悲に身を委ねるという意味で、一方、他人任せにした「自分ごと化」や外部不経済を外部に任せたGXは、社会実装が出来ない「他力本願」にあります。
拙書の『気候変動での生き様』と、『気候変動への備え』では、考え方の根底にこの異質な「他力本願」の違いを置いています。そして、環境オタクが捉えた「情報の概念」では、前者の他力本願を「地動説」、後者の他人任せを「天動説」としています。
「他力本願」を推敲の根底にしている理由は、if then else演算をする頭脳、ニューロコンピューターでのシナプスが、物質・エネルギーの「入力・処理・出力」という物理・化学の伝達をしている事実です。そう、この無機質な伝達が、何かの神秘によって意味のある「知らせ」、情報の「感知・加工・発信」に変身します。
神秘の変身という様相は、無意味を「知らせ」に変身させるシナプスで起きて、DNAが采配しています。DNAは、阿弥陀様の化身と想定しています。
ですから、情報の変身は、あなたの頭脳での熟慮ではありません。阿弥陀様に委ねた他力本願に似ていると思っています。
そうです。「情報の概念」は、あなたの意識下の思考ではなくて、シナプスで揺れ動く、他力本願の地動説になります。
『気候変動への備え』の読書感想をお寄せください。
というコメントを書きながら、実は「お寄せください」の連絡先は、フェイスブックに書くことをためらいました。


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