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第35話 天国・地獄や極楽浄土は認知空間に

 門信徒としては、十万億の仏様が西の方角に居られて、その世界を過ぎたところに“極楽浄土”があるとも聞いています。

 このお話は、三次元という立体の空間や時間も加えた四次元の世界、物理空間ではなくて、思いも至ることが出来ない認知空間ではないかと思っています。


 物理空間と認知空間は、『気候変動への備え』に、図のようなイメージを載せています。

 物理空間に実存する〈路傍の石〉は、当然に「近接の空間」にあるのですが、記憶・元々・推測のどのシナプスも認知バイアスで視覚から削除しているため、〈路傍の石〉は、そのまま〈路傍の石〉として物理空間に現存するものの、認知空間ではその存在はありません。


 この逆で、阿弥陀如来や神仏の居所は認知空間です。そして、第34話のように、神仏が物理空間に存在したとしても、それは神仏の化身であるDNAだとしています。

 知・技・権・財の人存エネルギーも、物理空間にあると信じているのは、ホモ情報での“物欲”で得ている「知らせ」であって、例えば財力エネルギーをビオ情報の“生欲”で見ると、この物理空間には札束という物体しかありません。


 札束という物体は、10数億年の進化で鍛えてきたDNAにとって、物理空間での価値を認識していません。戦力の膨大な力を支えた戦争国債、財力エネルギーは、敗戦後の認識空間の変化で、食べる物も無い日本なのに紙くずになって、我が家でも、泣く泣く紙くずを捨てた記憶があります。

 
 
 

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